Special Interview 社長が語る、沖縄エジソンのDNA

なくならないものを、仕事にする

人と接する上で、大事なことは変わらない。
沖縄エジソンがまだ、通信会社だったときの話です。当時は、電話線を設置する工事が終わっても、後片付けや掃除をしないまま帰る会社がほとんどでした。その中で当社が徹底して行ったのは、お客さまがすぐに気持よくご利用できるよう、現場をきれいにしてから帰ること。小さな努力を一つひとつ積み上げていくことで、沖縄中のお客さまと信頼関係を築いてきました。約束や時間を必ず守り、徹底して相手の目線に立つ。これはいつの時代も変わらない、サービスを生業にする会社の基本です。「人と接する上で大事なこと」を守りぬく。私たちの成長の源泉です。
沖縄の人々と共に歩んだ44年。
まだほとんどの人がコンピュータの存在を知らなかった、1976年。コンピュータをはじめとする電子機器の保守を担う、「電子システム課」が誕生しました。全国的に見ても、早期からITに関する知見を高めてきたと思います。そのため、官公庁や大学、病院、銀行などの機関がコンピュータ・システムを導入した当初から、ITの面でお手伝いすることができました。これらの機関は沖縄の生活基盤を支える、なくてはならない機関です。2000年には沖縄サミットでの功績を認められ、米国ホワイトハウスから表彰を受けたこともあります。創業から44年の社史は、沖縄に住む人々と共に歩んだ44年だと感じています。
技術力と対応力が誇りです。
私が入社した当時の沖縄エジソンは、全社員20名に満たない小さな通信会社でした。右も左も分からないままIT分野へ挑戦し、通信事業で培った信頼の基盤を武器に、成長してきました。現在は社員数も100名を超え、ソリューション事業、通信事業、CS事業の3つの柱を軸に事業を展開していますが、まだまだ成長期の会社です。特に医療分野では、医療費問題やクラウド上での健康管理を背景に、ITの需要が高まると予想されており、私たちも力を注いでいこうと考えています。確かな技術力とお客さまへの対応力。時代の変化に対応しながらも、なくしてはならないものを仕事にすることで、いつまでも沖縄の生活を支えていくIT企業であり続けます。
代表取締役 中山淳
沖縄県宜野座村生まれ
琉球大学理工学部物理学科卒
1978年沖縄エジソン設備(現:沖縄エジソン)へ入社し、電子システム課に配属。常務取締役、専務取締役を経て2014年に代表取締役社長に就任。